どうしたらいい?

リーグ優勝・ACL優勝!国民国家解体!定年退職者に昼酒の自由を!

江戸川競艇デビュー

兵六に行くついでに江戸川競艇に行ってみた。
行きは平井からマイクロバスで15分ほど。
入口では大魔神が歓迎してくれた。
江戸川競艇場入口
写っていないが右側には変身前の穏やかな像もある。
競艇場に大魔神?そしてこの古い映画の看板?誰かの趣味だと思うが何でだよ。
江戸川競艇場の中
何とか6レース中2つ当てて-1000円くらいだった。
上出来だ!
江戸川競艇場
12レースでは予想屋が一斉に「大穴あるよ!取り返せるよ!」と叫ぶのに驚いた。
戸田ではこんなことはないと思うがどうなんだろう。
帰りは西葛西行きのバスを船堀で降りて都営新宿線で神保町へ。
今日は山の帰り?それとも競艇と聞かれ、江戸川デビュー!と答えたのだった。
いつものように酔っ払い隣の客とも訳の分からないことを喋り
今朝は全く覚えていないという相変わらずの情けなさだ。
30代くらいの単独の女性が3人立て続けに来てしっかり飲んでいた。
いい感じだった。

ところで香原(木幡壽信)が死んだのは2017年7月だった。
死後10日くらい経って発見されたらしい。
中大新聞の一番上に「叛旗」の「若し疑わしく覚え候らわば・・・」のように
福島泰樹の短歌を載せていたことがあった。
「愛と死のアンビバレンツ落花する花恥じらいのヘルメット脱ぐ」
教えたのは俺だ。
じゃあな、香原。


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4日の禁酒

月曜日から昨日まで酒を飲まなかった。
散歩でも胸が苦しい10年前の狭心症と診断された状態に戻った気がして
ちょっと酒をやめてみようと思ったのだ。
一日やめれば飲まなくてもなんともない。
上原を偲ぶ会でショーケンは普段は全く飲まないと言っていた。
俺がそうなったら本当につまらないとは思うが・・・
禁酒4日でまた飲むのは残念な気もするが今日は兵六に行くことにした。

昔、西川口に住んでいる時、保険のための健康診断で近くの医者に行った。
昭和天皇のようなじいさんの医者が「仕事は何をやっとるのかね」と聞いてきた。
「うーん、プログラマーです」
「・・・」
おばさんの看護婦が「先生、うちの娘と同じですよ、コンピューターの」と助けてくれた。
「あ、そう」
「血圧高いから書き換えておくよ」
なんてことがあった。

昨日の血圧は
128/91 71
124/93 70
今日は
130/99 73
146/93 77
だった。
下はともかく上は禁酒の効果なんだろうか?


小雨の中の散歩

護国神社近くのリコリスはとっくに散ってしまったが
違う場所では盛大に咲いていた。
リコリス20190828
ボート池に降る雨。
ボート池に雨
スズメバチも死んでしまえば蟻のエサだ。
昆虫の王者も
つゆ草
つゆ草20190828
氷川神社参道で何度も出会うじいさんがいる。
介護施設の人に付き添われていつもスーツ姿でカバンを持っている。
散歩でも正装!なのか、自分が興した会社の会長や顧問をやっているのか?
ちょっと不思議な感じだ。

昨日のACL上海上港戦は開始3分で先制し前半のうちに追加点を挙げたが
後半は押し込まれてPKで2点献上して引き分けた。
どこまでも勝てないレッズなんだと思うがアウェーで2点取っての引き分けは上出来だ。
突破して広州恒大と当たりたい、鹿島よりはいいはずだ。


ダメな散歩

ダメなりに歩かないとダメだ、と思い歩いてみたが・・・
超スローランニングは100mも出来ずに止めた。

何とか一万歩を歩いて帰りの道は何とか普通に歩けた。
早く涼しくなれ。

参道の二の鳥居近くの狛犬の台座の石の隙間に小さなケヤキが生えていた。
狛犬にケヤキ
ボート池の周回コースでの生と死。
生と死
ヤブミョウガで蝉が羽化していた。
ヤブミョウガに空蝉

喰いちぎった箸

2011年だったと思うが10年振りに秩父のKさんのところに遊びに行った。
紅葉の季節で中津川集落のイベントで鹿肉入りキノコ汁を食べた時に
箸をもらってずーっと使っていたがとうとう新しいのと交換だ。
使い始めてすぐに箸の先を噛んでしまって短くなったが
色も良く漆もしっかり塗られていてタダでもらえるようなものじゃないと
気に入っていたので使い続けていた。
しかし、先日無事な方の1本を噛み切ってしまったのだ。
同じ長さになったんじゃないのとかあちゃんは言うがさすがにもういいだろう。
喰いちぎった箸

昨日はK君を誘って競艇に行った。
戸田ボート20190825
メールのやり取りで若干無愛想な対応をしてしまったと思ってのお誘いだ。
俺の収支は6レース中3連単を二つ当てて-300円だった。
その後、大宮の串揚げ屋で一杯やって解散した。
久しぶりの串焼きは美味かった。


上原を偲ぶ会

サンマルクカフェの喫煙室を覗くとOさんがいた。
何で俺も紫煙の中に入らなきゃいけねえんだ・・・
でも先輩だからな、しょうがない。
Oさんは先月は槍ヶ岳へ、今月は富士山へ登ったそうだ。
木曽駒で唸っている俺は足元にも及ばない。
うーん、参りました。

会場の居酒屋で会費を払い周りを見ても思い出せない顔ばかりだ。
元々、知らない人も多いんだろうけど。
それでも中大関係は分かる、阿久多を偲ぶ会は2013年だったし。
それ以来だよなとショーケンと昔話をしたがお互いの記憶が全く一致しない。
一緒に仲代さんの都営アパートに行ったよなと俺が言えば
そうだったか?と言われ、
おおまたの兄貴のマンションに一緒に行ったことがあったと言われたが
俺は全く覚えていないんだよな。
結論はそうやって記憶を作り替えて生きていくんだ、だった。

Eちゃんに40年前に立川駅のホームで会ったが声をかけられず
ずーっと気にかけていた、それもあって今日来たんだと話したが
覚えていない、だった。
まあ、俺の心残りが一つ解消されたのでよかった。

Aさんの挨拶には、よっ、全共闘!と茶々を入れたくなったが
もらってきたA4、2枚の文章はなかなか良かった。

もう一人のAさんはラブホテルはもう畳んだそうで
上原は「前衛党神話と吉本思想を嫌悪して」と言いだしたが
俺もショーケンもいや上原はそんなこととは関係なく生きていたと
同じ思いだった。

味さんも来て挨拶をした。
ショーケンは聞く気もないらしく話しを続けたので少し困った。
本当に少しだけだけど・・・
ショーケンもEちゃんも、もう月一の「互助会」の飲み会に来ていないと言っていた。

ビールを飲み続け解散、Oさん、Aさんと新宿まで歩きもう一軒寄って帰ってきた。

貰って来たパンフと1000円で買った「叛旗派・武装闘争小史」
パンフ

闘争小史
俺は「ひら」の反帝戦線メンバーとして活動した
たった2年ほどのことを支えにしてこれからも生きていくのだ。
記憶は書き換えずに、だ。

阿久多を偲ぶ会に来ていた香原が死んだと聞いた。
孤独死だったそうだ。



本当にくそ野郎だ

くそ野郎
香港の戦う学生、労働者、市民をテロリストと呼ぶこのくそ女と撮った写真を載せる日本の外務大臣。
本当にくそ野郎だ。
何がこんなに嬉しいのかまったく理解できない。
韓国への当てつけのつもりか?
ただ糞はクソが好きなだけか?
香港について中国外相に注文を付けたってのは本当かよ。
安倍内閣の主張を見れば香港の戦いを支持するなんてことは有り得ねえよな。
愛国主義、ナショナリストは香港の戦いを支持できるはずもねえか。
くそったれ!

蚊に喰われないマンション暮らし

一年前までは庭(と言うほどのものではないが)に
置いたプランターにトウガラシやシシトウを獲りに行くと
あっと言う間に何か所もやぶ蚊に刺された。
やぶ蚊ではない蚊は家の中に入ってきて刺された。
一緒にかみさんがいても刺されるのは俺だけなんだよな。
ところがこのマンションに移ってからは蚊を見ることは全くなくなった。
同時に季節感を感じることもなくなってしまった。
昨日の通船掘りの閘門開閉実演のあとに行った富士塚では4匹のやぶ蚊に襲われた。
懐かしい気持ちになったぜ。

ところで「物忘れ」だ。
野菜や果物の名前が全く浮かばないことがある。
空白!というイメージだ。
大根、ニンジン、ゴボウ、キャベツ、白菜等々、昔からあるやつは忘れないが
ゴーヤ、オクラ、カリフラワーなんてのは思い出してもまた忘れる。
アボガドなんてどうしても思い出せなかった。

中国工場で使っている出荷検査プログラムのことでK君から電話が来た。
覚えてないよ、10年前だぜ、マンゴーを思い出すのがやっとなんだから
と勘弁してもらった。
来月になったら一杯飲むことにした。
名前も顔を覚えてるから安心してくれ。

見沼通船堀から戸田ボートへ

見沼通船堀の閘門開閉実演をかみさんにくっ付いて見に行った。
今回は5年振りの実演だそうでかみさんは前から見たがっていた。
10時まえには大勢の人が堀の周りを取り囲んでいた。

高さ18センチの板を10枚「関」にセットして水を貯めて
上がった水位で船を上流に上げるというものだ。
1枚目は簡単にいったが2,3枚目は失敗、これは関を通り過ぎた板を
引き上げるところ。
通船堀1
これで10枚だったかな。
通船堀2
舟は実演用に作ったもので当時の船の1/2のサイズだそうだ。
舟
周囲もなかなかいい雰囲気だった。
竹林
見沼用水東縁の近くには富士塚があった。
胎内巡りも出来たそうだが今は入れない。
富士塚

ココイチでカレーを食べてかみさんと別れて戸田公園へ。
通船堀も競艇場もジジイで一杯だ。

昨日は兵六

夏休み明けの兵六はまあまあの混みようだったか。
ビールから始めて無双2本半で帰ってきた。
Sさんに眉山亭の話をしたら閉店のことは知らずに驚いていた。
俺があの日会ったTさんに連れられて行ったことがあるそうで
Tさんは電車が無くなると泊まってしまうほど眉山亭に馴染んでいたそうだ。
そのうちTさんも登場して言うには俺はあの日、おかみさんと上原の話をしたそうだ。
「上原って人のことは話していたよ」
そうだったのか・・・しかし記憶が全くない、残念。

新都心の外れまで歩き陸橋で線路を越えて中山道へ出た。
シントシティは4階くらいまで鉄筋が組上がっているように見えた。
その前の道路で長財布を拾い、見えるように手に持って歩いていたら
コンビニの前にいた二人の高校生が財布を見て目を輝かした。
こんな財布を持つのはオヤジかサラリーマンと想像していたが
高校生とは驚きだ。
明るくまじめで勉強も出来そうな高校生二人だった。

参道はミンミンゼミのとんでもない蝉しぐれだった。
参道20190820
蛾!
蛾

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おおまた

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1950年生まれ。かみさんと娘2人(女子大2年と女子高1年)、かみさんの親父の5人暮らし。「くるみ」を初めて聴いた(見た)ときは泣いちまったぜ。そんな時はどうしたらいい?
時は流れ、上の娘は会社員、下はもうすぐ大学3年(就職厳しそう!)、俺は定年し無職のオヤジになっちまった・・・
更に時は流れ、親父さんは亡くなり二人の娘は何とか会社員をやりつつ腐女子を貫徹している。俺は1日4時間のパート暮らしだ。
更に時は過ぎ俺は完全無職だ。