どうしたらいい?

リーグ優勝・ACL優勝!国民国家解体!定年退職者に昼酒の自由を!

大晦日のミステリー

先週くらいにベランダの手すりに果物の種らしきものが置いてあった。


誰が何のために?

今朝は少し増えて4つになっていた。

かみさんは上の階から落ちてくるんじゃないかと言っているが

こんなに上手く落ちる訳がない。


鳥とも思うが姿かたちを観たことはない。

すぐ近くに吊るしていた干し柿に被害はなかった。

不思議だ。

そんなことで68歳の大晦日も過ぎていく。

スポンサーサイト



国際旅団ルック

一昨日、山を歩いた時の恰好はこんなだった。


防風の為の赤い雨具はもう防水の機能も怪しいミレーのやつで
その下の黄色いミッドウェアは話題のワークマンのアウトドアブランドだ。
ちなみに値段は税込みで2900円だ。超安い!
紫色のパンツは昔、福袋に入っていたコロンビアのやつで
コーディネートも何もあったもんじゃない・・・
がこれって国際旅団じゃん!と思ったのだった。

歩いていると昔のことやなんやかんやを色々振り返ってしまうが
そんなことを思ったのもロンドンの7部?という下部リーグのクラブ(クラプトンCFC)が
国際旅団の旗をモチーフにしたユニを作ったというネットの記事を読んだからだ。
背中にはスペイン語で「奴らを通すな」と書いてあるんだそうだ。
国際旅団も最終的にはソ連共産党に純化されてしまう。
POUMの下で戦ったジョージ・オーウェルは「カタロニア賛歌」でスペイン人の戦友について
「彼は殺されて死ぬだろう。ファシストかスターリニストに」と書いている。

「奴らを通すな」は昔、大学の中庭で共産党が配っていたビラに書いてあった。
今更だが、奴らは俺達じゃなくてお前らなんだぜ。スターリニスト!

国際旅団の旗は赤、黄色、紫の三色旗で真ん中に赤い三角星がある。



天覚山から多峯主山へ

東吾野駅 11:10
天覚山 12:20/12:48
多峯主山 16:39
飯能駅 17:50

左ひざの状態を思うと無理は出来ない。
神保町に7時に到着したい。
そんなことを考えて東吾野から飯能まで歩くことにした。
途中、天覚山と多峯主山を経由する。

初めての天覚山へ向けて出発。


案内板に助けられながら植林の林に入る。
日本中の杉とヒノキがこうなって欲しい。


沢筋ではなく尾根道を通って天覚山に到着。


昼飯は赤飯のおにぎりとハムサンド。最近バーナーを持たないことが多い。

正月らしい!


天覚山から東峠、久須美坂へのコースは山頂から厳しいくだりだった。
どこの低山に行っても厳しいところは必ずある。
これは途中で下から見上げたところ。


他の木を包むように成長して枯らしてしまったのか?


杉とヒノキの尾根道を歩いていくつもの小ピークを越えた。
落葉広葉樹が出てくるとホッとする。


人の声の方を見るとゴルフ場だった。
ゴルフ場を右に見ながら歩いたがゴルフ場はでかい。

左側すぐ下は住宅地で新しい家がびっしりと立っていたが
「イノシシが出るので注意」の看板が出ていた。

車道に出て手作りの看板に従い歩き出したが山から離れる一方だった。
スマホのマップを見て間違いを確認したがどういうことなんだ!
しかし俺も持って行った地図を冷静に見れば間違えることはなかった。
1:50000の地図でも十分使えることを自覚しなきゃいけない。
「山と高原地図」のコースから外れてしばらく歩いたが
御岳八幡神社の鳥居を見つけてそこから多峯主山に登った。

もうロウバイが咲いていた。もうでもないのか?


この巨岩の上に神社が建っていた。
「ロッククライミング禁止」の看板が出ていた。


神社からしばらく登ってようやく多峯主山の到着した。
夕暮れだ!(やばい?と少しは思っていたが・・・)


飯能方面に林の中を下ったがかなり暗い。
懐中電灯を手に焦るなと言い聞かせながら歩いたがなかなか林を抜け出せない。
抜けたと思ったら今度は道が分からない。
こんな時のスマホなんだろうが全く使えないんだよな。
それでも何とかスマホの指示でバス通りに出て「天覧山下」のバス停を見て一安心だった。

17:58の電車で池袋まで行き丸ノ内線で御茶ノ水へ。
入った途端に亭主からAさんは昨日来たよと言われた。
残念でした。何だか会いたかったんだよな。
落語会帰りのWは9:30に登場、ラストオーダーだった。
なんだよ昨日来たのかよと思ったがAのメールは27日になっていた!
道に迷う、日は暮れる、メールは読めない、三重苦だ。

目を覚ますと蓮田に着いたところだった。
もう登りの電車はない。
今年最後の山歩き、兵六、寝過ごし、無駄な出費(タクシー代は4400円くらいだったか・・・)
でした。


今日の散歩

今日は大宮公園から第2公園に抜け、更に第3公園まで行った。
それでも歩数計は8600歩と昨日よりも少ない。
ボート池を回るコース(1100m)はインパクトあるんだ。

第2公園の池では釣り人が数人いた。


第3公園の池(みぬまの沼)はこんなだ。


こうして野鳥観察舎から見るのだ。


唐突(のように思えるが)に日本はIWCを脱退した。
日本(NIPPON)を取り戻す=鯨を取り戻すだったのか?!とびっくりポンだった。
自民党内の安倍内閣への不満がこんなところに突き出したとそんな風にも思ったが穿ち過ぎか。
反捕鯨国のクジラ命、クジラ愛はクソくらえだが
今更我々はクジラを糧にして生きて来たと言われてもな。
米作史観への批判ならありだが
今なら我々は自動車を糧として生きているんじゃないのか。
これは安倍内閣の外交路線の変換の象徴のような気がする。
終わりの始まりだと思うぜ。願望か?!

明後日に備えて散歩

大栄橋を渡って二の鳥居から氷川神社参道に入り大宮公園へ。
ボート池の周りのランニングコース(1100m)を2周して帰ってきた。
歩数計は9950歩ほど。

久しぶりのボート池には冬の水鳥も来ていた。

メタセコイアはこんなだったし


この樹の枝にはカワウ(だと思うが)が止まっていた。


氷川神社は初詣の準備も終わり嵐の前の静けさ、そんな感じだった。

久々の夕飯作り

今日もかみさんと二人だけの夕飯だが作ることにした。

紅鮭の塩焼きに豆もやしのザーサイの和え物。

老夫婦の質素な食事になっちまったぜ。

味噌汁は寒い中を帰ってくるかあちゃんの為になめこと豆腐とキムチにした。


酒は飲まなかった。

午前中、テーブルが届いた。

買ってから40日くらいかかったのだ。

今日までは、こたつに胡坐をかいていたので左ひざが痛くてしょうがない。

解放されてほっとしている。

金曜日まで禁酒して近場の山に登ってから今年最後の兵六に行きたい。

そうそう、年賀状も作ったのだった。

プリンタが繋がらずに疲れた。



なーにが日本の○○だ

昨日の天皇誕生日は大変な人出だったそうだ。
それを見てあるいはその前の天皇の会見の言葉を読んで思いだした。

昔、会社の納会で酔っぱらったS君に聞いたことがある。
「そこの○○は本当は何なの?天皇?」と。
「しょーちょーっすよ!」と彼は答え
そっか、象徴か!と腑に落ちたのを覚えている。

なんにもしねえでふざけんな♪と今の天皇を見ていれば誰も言わないだろうし
いい服まとってへらへらと♪とも言えないだろうが
昭和天皇には明らかに<戦争責任>があり
それに頬被りして<象徴>として生き延び天皇制を存続させた。
そんな天皇、皇族、それらを支える戦後社会に対するアナーキーの憎悪の歌だ。

日本国憲法第1条には
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とある。
冗談じゃねえ、俺は全くこれを認めない。
一日本人である俺は天皇を象徴とは認めないし、国民として統合されることも拒否する。
総意に加担することも拒否する。

いい人であるかどうか、<いい>天皇であるかではなく
普通の人と違うという形で天皇とその制度が続くことに反対する。
これで俺も立派な改憲派だぜ。

S君はその後、親の介護のために田舎に戻ったが
5年前に酔っぱらって道路に寝ていて車に轢かれて死んだ。
らしい死に方だぜ、S君。


久しぶりの映画

昨日ボヘミアン・ラプソディーを観た。
去年、「海辺の生と死」を観てから1年半くらい経ったが年1回というのは俺にしちゃハイペースなのだ。
新都心の映画館はチケットは全て自販機に代わっていた。
シルバー1100円なので入場時に免許証を準備しようと思ったが
そんな必要は全くねえよ、見た目が何よりの確認だぜ、ジイさんと思い直した。

映画は良かった。
イギリスの移民であること、出っ歯のこと、父親との確執、結婚、同性愛者であるに気付くこと
レコーディングでの非妥協性、酒と薬と男に溺れ、仲間との確執、エイズ発病と
不要な部分がなく疾走するようにストーリーが展開し、フレディーの再生とクィーンの再生が
ライブエイドを頂点にして描かれている。
フレディーの再生とは同性との<真の愛情>に目覚め共に暮らすということだが
これには参りましたという思いだ。

昨日は下の娘も忘年会で飯はいらないというので映画帰りにエキュートで弁当を買ってきた。
かみさんの公文からの帰りも早く一緒に食べたが娘が結婚でもして家を出ていれば
これが普通のことなんだ・・・そんなことを考えた。一生なさそうだけど。


秩父は大滝のKさんから貰って来た干し柿、あと一週間くらいで食べられると言っていたはずだが
もうずいぶん経ってしまった。
今、1個目を食べたが「甘ーい!」だった。






忘年会のような

5月の新タマネギの季節にTさんの工房を訪ねて以来の再会だ。
K君のかみさんも一緒に来たので阿久多が死んでから久しぶりの四人での扇寿司になった。
まずはビールで乾杯だが、キリン、アサヒ、サッポロがありますと言われたのでサッポロ!にした。

木工職人のTさんは来年の5月に展示会をやるそうで気合が入っていた。
K君のかみさん顔を見るのは3年振りくらいだが実家で介護していた両親も亡くなったので
旦那のところに生活を戻しつつあるとのことだった。
3年前はずっと実家にいる、K君もそっちで暮らすと言っていたが心境の変化か。

昔、K君から「底抜け」旨いよと教えられここで会うたびにみんなで飲んできた。


阿久多が死んだのは2013年1月12日だ。
もう5年も経ってしまったんだ。
じゃあ来年早めに会おうよと新宿3丁目の街頭で別れた阿久多の姿を覚えている。
今年は命日に墓参りしてみるか。サッポロビールを飲みながら。

解散後、砂町に戻るTさんと途中下車して昨日に続いて兵六へ行った。
時間がずれると客の顔ぶれもかなり違うのが面白い。
そういえば去年Tさんがあんた何やってんのと遠慮なく話しかけていた
義太夫の謡いをやっていた常連も亡くなったんだな。

Tさんにこのブログを教えることになった。
気が進まないがしょうがない。



高尾山から兵六へ

なんだかんだで一月兵六に行ってなかった。
これじゃストレスも溜まるってもんだ。

大宮と高尾山は意外と近く電車賃も安い。
時間と風邪で消耗した体力を考えて登りはケーブルカーにした。
シーズンオフなのか、外国人がほとんどいない。
いるのはじいさんとばあさんばかりでその間に若いカップルいる感じだ。

4号路を通って山頂へ


富士山には雲がかかっていた。


5号路を通って下山して「山芋天ぷらそば」を食べた。


一月ぶりの兵六も高尾山と同じようなものでじいさんとばあさんが多い。
師匠・Kさんに久しぶりに会えてよかった。

これはどこだった・・・山の上ホテルだった。




 | HOME |  »

Calendar

« | 2018-12 | »
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Monthly

Categories

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Appendix

おおまた

おおまた

1950年生まれ。かみさんと娘2人(女子大2年と女子高1年)、かみさんの親父の5人暮らし。「くるみ」を初めて聴いた(見た)ときは泣いちまったぜ。そんな時はどうしたらいい?
時は流れ、上の娘は会社員、下はもうすぐ大学3年(就職厳しそう!)、俺は定年し無職のオヤジになっちまった・・・
更に時は流れ、親父さんは亡くなり二人の娘は何とか会社員をやりつつ腐女子を貫徹している。俺は1日4時間のパート暮らしだ。
更に時は過ぎ俺は完全無職だ。