どうしたらいい?

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明日のチケットをもらった

かみさんからパート先で明日のセレッソ戦のチケットをもらったというメールが来た。
もう行くのはリーグ戦は最終戦(FC東京)くらいにしようと思っていたが
有難く行くことにする。

数年前まではパート先の同僚がシーズンチケットを持っていて
年に何度ももらっていた。
歳を取って埼スタに行くのが辛くなり、うちに回ってくる回数が増えたのだった。
そして更に歳を取りシーチケをやめた。
浦和レッズの入場者数が減った原因の一つだろう。

以前、高尾山を歩いているといつまで歩けるかと思いながら歩いているのよと喋っているばあさんがいた。
うんうん、そうだよねと心の中でうなづきながらそばを通り過ぎた。
そのばあさんは80歳を超えるように見えて一人だった。
出来ることをやればいいんだ。

水曜日の横浜-清水戦では清水の選手はさくらももこを悼んで喪章を巻いていた。
後の選手はケンタではなくタツヤですけど。



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錦糸町河内音頭 2018



神保町の東京堂で時間をつぶして錦糸町へ行った。
早めに行きたいので兵六はパスした。

開演10分くらいで三重の踊りの輪が出来ていた。
この時間は常連が真ん中で踊っているくらいで
閑散としていたはずだが一体どうしたんだ?!

振興隊のブースを探したが見つからずUさんの姿もない。
諦めて一番内側の手踊りの輪に入ってみたがなかなかうまく踊れない。
周りの人の微妙に違う踊り方に惑わされてしまう。
そんなとき浴衣のいい感じの女性が入ってきて
その踊り方は紛れもない正統な手踊りでついて行けた。



次はマンボだと外側の輪に入ったが、やっぱこれだよな。
足の動きを意識すること無き体が自然に動いてくれる。
踊り終えて舞台の前に行ったらUさんがいた。
年に一度ここでUさんに会うというのは安否確認のようなものだ。
会えてよかった。
今年は図書新聞のコピーは貰えなかった。もう書いていないのか?

更にマンボを踊っているときにAとWに見つけられて合流した。
8時には切り上げて飲みに行くことにしたが江州音頭の連続で全く踊れない。
Wの後について見様見真似でやってみたがセンスのないジジイには非常に厳しい。
最後はやや不完全燃焼のままの飲みに行ったのだった。

鳥メロでは締めにジジハイ(青汁割)つうのを飲んだ。
ジジイが行く店ではない。


昨日の夕飯はアジフライとレバカツ

隔日の風呂掃除と週2回の夕食作りで日々が過ぎていく。
あとはこのところめっきり回数の減った散歩だ。
散歩の代わりに寝てしまうことが多い。
そしてかみさんの買い物について行く。
これが俺の毎日だ。
つまらん。俺が主婦なら男に走るぜ。
バイト辞めるんじゃなかったかなとそんなことまで考えてしまう。

しかし、うちのかあちゃんはじめ世の中の専業主婦はこういうのに耐えて来たんだよな。
(うちのかあちゃんは子供が小学生の頃にパートを始めた。
 その上、今は週2回はダブルワークというハードさだ。
 そこでつまらなさを解消している面はあるだろう)
と言ってフルタイムで働いたら仕事との両立がまた大変だ。
そんなことを思いながら献立を考えてもこれだというものが出てこない。

先日買った固いセロリを使ってセロリと人参のきんぴらを作り
ピーマンタモリ風?というきんぴらと若干被りそうなのを作った。
味噌汁はジャガイモとニラだ。
あとはダイエーでアジフライとレバカツを買った。
手抜きを覚えたねと嬉しそうにかあちゃんは言うが
手抜きではなく知恵だよ。
ダイエーのレバカツは「力」よりも美味いことが分かった。
メインがアジフライとレバカツとは居酒屋メニューになってしまったが
俺が食いたいものに徹するんだ。

(左上のはかみさんが作っていった新生姜の味噌和え、これはうまいんだ。酒が飲める)



大宮公園はミンミンゼミの季節が過ぎ、ツクツクボウシが他を圧倒している。
わずかな間にも季節は移っていくんだ。



雷雨と突風

時間にすれば90分くらいだったか。
とんでもない雨と風、そして連続する雷が凄まじかった。
光った途端近くに落ちる音と衝撃。
凄かった。
大宮区では54mの降雨量だったらしいが家の前は水で溢れた。
100m降ればどうだったのか?
怖いもの見たさと言う思いもある。




明日は錦糸町の河内音頭だ。
散歩どっちしてから踊りの練習しよう。




名古屋にボロ負け

開始早々、興梠が完全に裏を取ってボールを受けたが決められない。
このところ興梠のゴールが止まっている。
すぐにもう一つチャンスがあったがこれも決まらない。
こりゃダメな展開だと思っていたがオウンゴールでラッキーな先制。
しかし、数分後に相手選手をマウリシオが倒してPK。
ジョーのボールを西川が奇跡的に(PK阻止率は低い!)止めた!
なのに弾かれたボールに反応した浦和の選手は誰もいない。
飛び込んだ玉田に決められた。
多分、西川が止めるとは思っていなかったんだろうな。
西川は怒っていたがもっと怒ってもよかった。

あとはボロボロだった。
前半終了間際にFKからジョーにHDを決められた。
岩波の遥か上から叩き込むんだからどうしようもない。
一人じゃマークしきれないんじゃないのか?

後半は途中出場の早稲田在学中という奴(相馬と言うらしい)にやられた。
裏に抜け出しエンドラインぎりぎりで追いつき折り返したところにジョーが飛び込んで決めた。
今は亡きジャンボ鶴田のジャンピングニ―を思い出した。
裏に抜け出したのはオフサイドに見えたけど、橋岡が追いつけなかった。

ジョーのハットトリックもそいつのクロスだった。
シュートのような早いボールにファーサイドに飛び込んで同じように決めた。
ボロ負けというより完敗ときれいに言った方がいいか。
現時点でははるかに浦和の上を行く名古屋の力を見せつけられた。

ジョーの2点目ではニアにもう一人飛び込んだ選手がいた。
3点目もジョーから相馬にパスが行き走り出したジョーに合わせたボールだった。
いや、参りました。
2018年リーグ戦の浦和レッズ終戦の日だった。

結果は1-4だが、全部名古屋のゴールだったのか・・・

昨日の夕飯はチンジャオロース

台風は日本海に抜けたが風は一日中吹いていた。
大宮公園には木の枝や木の実が落ちていた。


散歩帰りに東口の八百屋でレタス、ピーマン、セロリ、枝豆を買ってきた。
最初に枝豆を茹で、半分をペペロンチーノにしてビール(Top valueの発泡酒)で気合を入れた。


まずはレタスとシリシリ風に切ったニンジンとワカメのチョレギサラダを作り
余っていたもやしとレタスの外側部分の味噌汁を作った。
少ないもやしでもみそ汁の具としては十分で、そこにレタスを入れた。
これは娘のクレーム必須(具は少なくていい!)なのだ。
主菜はチンジャオロースだが豚のバラ肉とジャガイモを使った。
レシピ通りにオイスターソースも使ってみたがまあ上手くいった方だ。


出来た、任務完了!と思ったらご飯を炊いていなかった。
セットしただけで「炊飯」SWを押していなかったんだ。
仕方なく?もう一本飲みながら炊き上がりを待ったのだった。

古い手紙は捨てられない

昔の人は良く手紙を書いた。
電話がないから当たり前だけど。
電話がないから直接アパートを訪ねるのは当たり前だった。
会えずにメモを置いて虚しく、ある時は少しほっとして帰ってきたもんだ。

一浪、一年留年の末に新聞求人で入った会社は五井にあった。
会社の寮で二人一部屋の和室は未舗装の道路から土ぼこりが入り込んでいた。
そこにもハガキや手紙が来ていた。
仕事は原発やプラントの非破壊検査で京葉工業地帯や福島原発、
鹿島の石油プラントの定期検査などをやった。
御茶ノ水が恋しくて10か月で辞めたつもりだったが
小泉の手紙や小松、山口、小林の便りを遥か五井で読めば辞めるしかない。
そんな気がする。

阿佐ヶ谷で大家の2階の部屋を借りた時も小牧や小松や
何よりもお袋から何度も何度もハガキが来ていた。
ダメな息子に家族の集まりがあるから戻って来い、電話をしろと書いてある。
仕事は慣れたか、身体は大丈夫かとも。
小牧が2回訪ねて来たが会えなかった、連絡しろと言うのもある。
初めてのソフトハウスの同僚だったやつからも便りが来ていた。
訓練校電算科で一緒だった人からも酒ばかり飲んでいないで女を見つけろと
年賀状が来ていた。
強い意志を感じさせる字で借りた金は現金書留で送るという文面に
差出人を見るとHだった。
全く記憶にはないがそんなことがあったのかと驚いた。
小林を創価学会に折伏しようとしたときに俺や山口は
命が腐っているからダメだと言ったそうだが
そんなやつに金を借りるほど苦しい時期だったんだ。
何といわれても創価学会員でもHが優秀で優れた活動家で
いわゆるアジではないアジテーターだったことは間違いない。

Kちゃんの下獄の挨拶とカンパの要請は青焼きだった。
未だコピー機の時代ではなくアンモニアの臭いをかぎながら複写していたんだ。

中野区大和町に住んでからも山口から「魂のハガキ」が来ていた。
途中入社の会社で滅茶苦茶頑張って売り上一位を成し遂げたせいで
先輩、同僚からとんでもないいじめを受けている
飲みながら書いているが気分よく酒を飲みたいと。

小牧とは、小牧からすればいわれない俺の決別宣言みたいな形で
付き合いが終わってしまった。
これは俺の根源的な欠陥かもしれないと思う。

1980年(昭和55年)の阿久多の年賀状はこうだ。
翁?かっこつけんじゃねーよと突っ込みたい気もするが40,50、60と齢を重ねてきたが
30歳になった時が一番ショックだった気がするのは確かだ。


20台半ばから30代初めを色々思いだしてしまう手紙とハガキだった。
引っ越し準備で出てきたものだがちょっと捨てられない気持ちだ。

勝てて良かった天皇杯 ベルディに1-0

かってFC東京に負け、去年は鹿島に負けた熊谷での試合。
3度目の正直という気にはなれずに浦議とJリーグ.jpのテキスト実況を見ていた。
スタジアムにも行かず、天皇杯のためにスカパーの契約もしていない。
俺たち夫婦の浦和レッズに対するモチベーションも落ちているのかもしれない。

いい感じで始まったと思ったが決められず、そのうち押し込まれるという展開だった。
イライラとパソコンの画面を見ているうちにファブリシオのゴールが決まってそのまま終わった。
ベルディはほぼ控え選手だったらしいがそれに対してほぼ先発メンバーの浦和の出来としては不満だ。

しかしトーナメントを勝ち抜くのは簡単ではない。
FC東京は山形相手にPK戦までもつれて負けた。
札幌から東京には帰らず山形まで移動したんだろうか。
お疲れさまだ。
セレッソは延長戦で甲府に負けてしまった。
甲府はJ2の結果は良くないがナビスコではレッズにも勝っているんだよな。
まあ、そんなところから比べれば勝てたのはいいことだ。

クリスマスイブの埼スタでの決勝に連れて行ってもらいたい。

昨日はハナズオウの伐採だけではなく押し入れダンスもごみに出したのだった。
2階の和室から出せずにドアを外して階段をおろすのに苦労した。
ごみ収集車は容赦なくバリバリと押しつぶして飲み込んでいた。
一緒に出したかみさんのギターも飲み込まれてしまったんだろうか・・・

滅茶苦茶暑い、刺すような日差

朝から暑い日だったがベニズオウの木を切った。

長ズボンに長袖シャツで帽子をかぶりタオルを巻いたがやぶ蚊にやられた。
最後はタオルでほっかぶりまでした。
ごみ出し用にまとめた時には全身汗まみれで全部選択に出してシャワーを浴びた。
亡くなったオヤジさんの形見みたいな樹で花の色と面白さで楽しませてくれた。
なのに切ってしまってごめんよ、だ。


かみさんと一緒にブックオフに娘の服で未使用やそれに近いものを売りに行ったら
35点で3486円だった。
1点平均で約100円だ。
本は引き取りに来て、評価後、後日精算になるそうだが1点10円くらいにはなるんだろうか?
金がないときに買った本もあることを思うとなんだか虚しい。
重さで買うみたいな感じではなく中身を判断してもらいたいが
そんなことをしたらもっと安くなるかもしれない。
少し変わった本をメルカリに出しているが全く反応はないしな。

かみさんは自分の本を躊躇なく処分する気になっているがその中に「YAWARA!」全巻があった。
これは面白くて家族全員で読んでいたの思いだした。
猪熊柔を追いかけるスポーツ新聞の記者がユーゴスラビアをタクシーで移動するシーンがあるが
あれはユーゴ内戦直前だったんだ。
平和に見えてもそうじゃなかったんだと今だからそう思う。
売る前に読み返してみよう。

熊谷は夜になっても気温が下がらないらしい。
不安だ。


今日の夕飯

娘には人参シリシリを俺とかみさんはナスとゴーヤの味噌炒めを作り
メインはキャベツとシイタケのベーコン炒めにした。
味噌汁は冷蔵庫にあったネギと豆腐だ。
シリシリは味が濃すぎた、味噌炒めは市販の調味料を使ってみた。


昨日は味の笛で一杯やってから兵六に行った。
ビール1本と無双3本、酔っぱらったぜ。
札幌遠征の東京サポTさんに会えるかもしれないと思っていたが来なかった。

REX CLUBのアンケートが来たので記入して送った。
利益は出ているが入場者数は全く伸びないことにクラブも危機感を持っているんだろう。
2005年だったか、国立の天皇杯準決勝の大宮戦は終了間際追いつかれて
延長戦に入ったが、ボールを奪った長谷部が長いドリブルから自分で決めた。
このときのゴール裏は中学生くらいの男女で溢れかえり
立ちたくなかった俺はガキどもに地蔵扱いされた。
こりゃあレッズの未来は安泰だと思ったものだが、そいつらはどこに行ったんだ?!
きっと浦和レッズよりも<いいもの>を見つけてしまったんだろう。
サッカーのライバルは既にスポーツではないんだよな。
新都心を歩けばタオルマフラーを巻いた人々の群れがスーパーアリーナに向かっている。
コンサートなら<負ける>ことがない、<勝利>しかないからイラつくこともない。
それにしても社会の高齢化を象徴するような浦和のサポの高齢化だ。
次の世代にうまくつないでいかないとサポは減るばかりだ。

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おおまた

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1950年生まれ。かみさんと娘2人(女子大2年と女子高1年)、かみさんの親父の5人暮らし。「くるみ」を初めて聴いた(見た)ときは泣いちまったぜ。そんな時はどうしたらいい?
時は流れ、上の娘は会社員、下はもうすぐ大学3年(就職厳しそう!)、俺は定年し無職のオヤジになっちまった・・・
更に時は流れ、親父さんは亡くなり二人の娘は何とか会社員をやりつつ腐女子を貫徹している。俺は1日4時間のパート暮らしだ。
更に時は過ぎ俺は完全無職だ。