どうしたらいい?

リーグ優勝・ACL優勝!国民国家解体!定年退職者に昼酒の自由を!

昨日のトレーニングマッチ 流経大 4-2

流経大は日曜日に天皇杯があったのでベストメンバーではないはずだ。
来ていた選手も少なかった。
浦和は前半はベストメンバーだった。

最終ラインがハーフラインまで押し上げる流経大のデフェンスに戸惑っていた。
ちょっと情けない、上手いことやって突破しろと思いながら見ていたが
シュートまで持ち込めない展開の中でカウンターから失点。
相手選手は落ち着いて西川をぶち抜いた。

パスミスが多い!菊池が特に目立ったが、マウリシオも他の選手もだ。
マルティノスには一人で行けよ、シュートまで行けと思ってしまうがそういうタイプではない。
しかし、足が速いというのは良く分かった。
数歩で相手選手を置き去りにしてしまう。
そのクロスに飛び込む選手がもっと増えればゴールの可能性も増えそうだ。

そんな中、李が絡んで長澤のクロスから武藤が決めて追いついた。
その後はマルティノスと長澤が決めて3-1にしたが、前半終了間際に1点返された。
 ↓ハーフタイムにも水を撒いていた


後半は全とっかえでユースの選手も多く出た。
GKは福島に代わったがコーチングが面白い。
お前、名前なんて言うんだ?
それからはDFのユース選手の名前を呼んでいろいろ指導を始めた。
俺の霞んだ目にはカズレーザーにしか見えない福島には笑えた。
後半は気楽に楽しめた。
終了間際にDFのユース選手がCKを頭で決めて終了。

まだまだ発展途上!課題満載?か・・・
土曜日はルバンの甲府戦だが大丈夫か・・・

試合終了後、両チーム、特に流経大への大きな拍手が送られた。
観客はざっと150人ってところだ。

試合終了後、俺の隣にいた若いやつの顔がなんだか気になった。
そうだ!サニブラウンだ!
しかし、彼はアメリカにいるらしい。
里帰りして大好きな?浦和レッズを見に来たなんてことはないのか?
と試合以外でもかみさんと盛り上がれたトレーニングマッチであった。



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モヤシと豆苗の豚巻レンジ蒸しと紫雲・大洋盛



今日の夕飯はモヤシと豆苗の豚巻レンジ蒸し(by kurashiru)と納豆入り卵焼きだ。
肉巻きはかみさんと娘二人は5個で俺は4個でそのうち一つはモヤシだけだ。
卵焼きは俺のは両端だ。
家族にいいところを!あたしゃ端っこでいいんだよってか。
俺も立派な主夫になったもんだ。
もう一品はひじきの煮物だ。
味噌汁は大根と新タマだがそろそろ「新」が取れかけてきた感じもしてきた。


村上への墓参りツアーで買ってきた紫雲という大洋盛の酒。
新潟県開発の酒米の越端麗100%使用と書いてある。
俺は日本酒は全く分からないが飲みやすいんじゃないだろうか?
こんな感想じゃ真っ当に商売していると見えた瀬波の酒屋も酒蔵の大洋盛も不満だろうが仕方ない。

手前のは村上名物の「鮭の酒びたし」だ。



今日の散歩

大原に着いたのは10時半。

丁度練習が終わったところだった。


最後に戻ってきたオリベイラにポルトガル語で話しかけ、お菓子らしいパッケージを渡す謎のオヤジ。

明日は流経大とのトレーニングマッチだ。

大原中学は今日はソフトボールをやっていた。
走るだけじゃないんだね。

見沼用水沿いに大宮第3公園、第2公園、氷川神社を通って帰ってきたが、歩数計は3050歩だった。
何故かカウントがSTOPになっていたんだ。

見沼用水沿いには桑の木が多い。


黒いのを食べてみたが甘くなかった。

子供の頃食べたのはもっとジューシーだった気がする。

初・野毛飲み

集合90分前に桜木町に登場して野毛を歩いてネットで見つけた店を確認した。
ここが「野毛大鵬」、ここが花咲町の「石松」だと。
京急日ノ出町まで歩いて引き返して一度素通りしてしまった美空ひばり像を一枚。


ぴおシティーの立ち飲みで時間をつぶそうかとも思ったが改札前の本屋でガイドブックを見ることにした。
それにしてもだ、相変わらずGoogle Mapにはついて行けない。
方向感覚の無さは致命的だ。

地図が欲しい・・・
駅構内の観光案内書にあった!初めからここを覗いてみるんだった・・・


昨日新宿で飲んで友達のうちに泊まったという甥の雄介は二日酔いだと言っていた。
78才の兄貴はなかなか元気で、俺の10年後があそこまでいけるか自信がない。
まあ、生きているかどうかも分からない訳だけどね。

まずは大鵬に向かったがシャッターは降りたままだ。
何故だ、土曜日は12時には開いてるとネットに書いてあったぞ。
引き返した石松も開いていないんだよな。
ネット情報も責任を持ってもらいたいもんだぜ。

やむなく、ぴおシティーの「ゴールデンもつ」で飲み始めた。
ビール中瓶2本で乾杯。
俺はその後、生ホッピー大2杯、青汁サワー1杯、ハイボール1杯で切り上げて2軒目を目指した。
野毛の基本は「はしご」らしいのだ。

2軒目は石松の向かいの「シーフードスタンドパチョレック」でカキを喰いながらワインのボトルを空けた。
雄介は日大商学部卒なので日大問題で少し盛り上がった。


次回はうちの実家あたりで飲むことにしようかと言う話でお開き。

ゴールデンもつが7000円台で、ここが5000円台だった。

今日の夕飯は、エビとニラの唐辛子炒め(by kikkoman)

ニンニク、ショウガ、長ネギ、以上はすべてみじん切り!そして唐辛子を炒めるという
手間をかけたが、その甲斐がなかった。
何を間違えたんだろう、残念!

副菜はめちゃうま豆腐サラダ(cookpad)。ここに鰹節と刻み海苔をかける。
忘れたけど・・・


topvaluのハイボールは甘くなかった。少しは甘いのが俺の好みだ。

味噌汁は油揚げと大根だ。
油揚げは冷蔵庫にあったが買ってしまった。

散歩で出かけた大宮第2公園の様子はこんなだった。
花菖蒲は早いのは咲き始めていて


手入れをしているようには見えないアジサイはこんなで


2月に咲き誇っていた梅はこんなだった。


明日は兄貴と甥と野毛で昼飲みだ。
二人は横浜住まいだが設定したのは俺だ。

ぽん大になっちゃうよ

日大のアメフト騒動を見ていて思うことは監督やコーチ、大学当局の対応は情けないが
問題のプレーをした日大選手へのマスコミの過剰な評価(立派な青年!)には同意しない。
本人の言うようにやっちまったんだからな。
その会見を見て涙を見せるようなワイドショー司会者とかありえねえだろ。
やられた方の父親が初めの会見で涙ぐみかけたのにもびっくりポンだったが
親っていっても40台か?子供は俺の孫でもおかしくはないと思えばそれもありなのかよ。
もっと言えば大阪維新だからなとまで言いたくなっちまうぜ。

昨日のクローズアップ現代(だったと思う)で現役選手の声というので、大人は守ってくれないというのがあった。
馬鹿言ってんじゃねーよ(これは、馬鹿言ってんじゃないよ♪風ではなく、ぼーっと生きてんじゃねーよ!風なのだ)
半世紀も前にお前らの先輩は立ち上がって声を上げたんだぜ。
情けねえことを言うんじゃねえよ。
まあ、お前らの先輩が体育会として全共闘学生にどういう対応をしたのかは知らんけどさ。

ポン大、ポン大と言われた日本大学が日大と言われるようになったのは間違いなく
日大全共闘の戦いが勝ち取ったものだ。
これは「我が闘争 スニーカーミドルの爆裂弾」(牧田吉明)の受け売りだけどな。
だから日大と言われるようになったが日本女子大はぽん女のままだろって。

オリベイラ→鹿島→アルシンドまで繋がった。
タイトルは一世を風靡した?TVCM「アルシンドになっちゃうよ」風に読んでくれ。

昨日の大原では練習後、オリベイラはグラウンドを走っていた。
隣の大原中学は体育の授業は持久走しかやらない!と思うほどいつも走っている。昨日もだ。
散歩行こうっと。

大原はいい天気だった

今日から練習再開。
オリベイラの練習を見るのは初めてなので出かけてみた。
発表になっているのは、今日から3日間で9時からと16時からの2部練だ。
9時過ぎに行ってもグランドには誰もいない。
青空を見ていると左目のもやもやが気になる。
少し落ち着いた気になっていたがそんなことはなかった。

雲が陽を遮って風が吹くと本当に爽やかで気持ちがよかった。

10時になって選手が出てきた。
1時間はオリベイラのミーティングだったのか。



監督が代われば体を動かすところから変わる。
丸の中に2人が交代で入ってのパス回しで45分の1部は終了した。

前を通る選手に声をかけ一緒に写真を撮りサインをもらい、握手して・・・と
おばちゃんたちは凄い。
それに応え続けて、またねと言ってる李も凄いんだが。

村上の写真でアルバムを作って叔母に送った。
今まで写真屋の前を何となく素通りしていたが山の写真をまとめたらいいと思う。


今日の夕飯は?新玉ねぎと豚バラのとろーり炒め煮

1週間ぶりの夕飯作り。


白子の新タマを使って新玉ねぎと豚バラのとろーり炒め煮(by cookpad)を作った。
チューブのニンニクで肉と新タマを炒めて煮て、醤油をかけるだけなんだが旨い。
食べるときの七味をかけるといううのも正解だ。

魚は「岩船鮮魚センター」で買ってきた地物の柳かれいの干物だ。
塩加減がちょうどいい。

もう一つはモヤシと人参のナムル。

味噌汁はベーコンとレタスだ。
なかなかいける。

上の娘がしばらく普通に帰って来るらしいので作るのは4人分だ。

ところでやはり昨日の酒が原因なんだろうか。胸が押され喉が詰まる感じが頻繁にする。
そのうえとんでもない飛蚊症の症状まで出て参った!だ。
朝、左目に異常を感じていたら視界の下半分に半円状にもやもやとした線が繋がり
端がくるっと丸まってしまった。
左は何ともなかったのでダメージが大きい。
まあこれも「加齢によるもの」と言われてしまうんだろうな。

散歩、久しぶりに兵六へ

読みかけの本を持って京浜東北線に乗り、読み終わったのが田端だった。
ここから神保町までは何度も歩いている。
駅を出るとスカイツリーが目に入ったので浅草へ行く気になった。
方向音痴でスマホの地図を見てもよく理解できない俺は線路沿いを離れるとお手上げだ。
多分スマホの地図は小さ過ぎるんだよな。もう少し広い範囲が見れれば何とかなりそうなんだけど。
根岸、入谷と何とか歩いて花屋敷にたどり着いた。

浅草寺境内や仲見世は人で溢れ、日本人よりも外国人の方が多い気がした。
多くの人がまずは大きな提灯の前で写真を撮っていた。

上野まで歩いたがもう5時を回っているので電車に切り替え。
銀座線で三越前まで行って半蔵門線まで長い地下道を歩き、神保町へ到着。

ひと月振りの兵六は立派に混んでいた。
Pちゃん(Fさん?だったっけ)の隣でビール2本、後からTさんや口舌亭Sさんも来た。
口舌亭は多分、兵六で一番の登場率で皆勤賞に近いんじゃないのか。
最後は東京サポの初めて話す人とJリーグの思い出話をした。
真人君と口舌亭の話では東京サポのTさんは九州の食い物を制覇しながら鳥栖に攻め込んだらしい。
無双1本、更に半分を追加したかどうかで帰ってきた。

そういえば久しぶりのIさんにあんたも埼玉県人会のメンバーだよと言ったら
そんなのはまっぴらだ、とんでもねえ風な対応をされた。
そんなこともあるかと思いながら言ってみたんだが、組織や集団には距離を置くってことなのか?
でもなあ、気が向いたら酒を飲んでくれない?東京まで行くの大変だしというNさんのための飲み会なんだけどね。

もう何日もうちの近くで道路に関係した工事が続いている。
ここら辺で唯一残ったわが家はもう完全無視らしく、何の工事なのかも知らされない。
朝8時前から重機が動き家を振動させるとかみさんが出勤前にぼやいていた。

アマリリスは今年もこれしか咲かない


ドクダミ=清楚




村上への墓参り

大宮駅で叔母を見送ってエスカレーターでホームを降りると隣のエスカレーターで上ってくる外国人とすれ違った。
オリベイラ、頑張って!と声をかけてガッツポーズをしてしまったぜ。
振り向いたオリベイラは重々しい顔で深く頷いたのだった。
今日はガンバ戦だ、やってくれオリベイラ、浦和レッズ!

さて本題だ。
前日の天気予報では村上はボロボロだった。
大雨・雷・洪水・強風・波浪警報が出ていて、雨の中の墓参りを決意して叔母と合流した。
叔母は88才で元気だが、背中が曲がり耳も遠く、何より目が悪いので大変だ。
それでも家から東京駅で新幹線に乗るまでを誰かに付き添ってもらってるそうだ。
だから大丈夫なのよというので俺たち夫婦は大宮から合流なのだ。
新潟まで新幹線のグリーン車という贅沢。
俺の基本は青春18きっぷだからな・・・


新潟からは、いなほのグリーン車というこれも贅沢だった。


いなほの車両もすっかり新しくなりきれいでゆったりしていた。
この車両には俺たち3人しかいなかった。


村上に向けて田植えの済んだばかりの田んぼを両側に見て進む。
雲は垂れこめているが雨は止んでいる。
北に行くほど天気は悪い予報だが村上に着いても降っていない。

駅でタクシーに乗りお寺の名前を叔母が言うが上手く伝わらない。
肴町のと言うと分かってもらえた。
途中、花屋に寄り花を買いながらお寺の情報も仕入れて来たところによると
無住のお寺でお盆や何かの時に違うお寺から坊さんが来るらしい。
叔母の言った名前とは少し違った(寺ではなく院だった)がお寺は見つかったが
お墓が見つからない。
俺は遥か昔、お袋に連れられた来たことがあったが記憶とは全く違っている。
叔母も新しい立派なお墓が増えて記憶をとは全く違うと言っている。
古い墓石を探しているとようやく見つかった。


叔母が私が死んだら無縁墓になってしまうと心配しているが枯果てた花が供えてあった。
叔母はお袋の妹だが母親(俺のばあちゃん)の実家のO家に養子に出された。
今回お参りするお墓はO家のものだ。
O家には俺と同じ学年のやつもいたし他にも親戚がいるはずだからな。

お花を供えたが三つあるお墓の右端が「無縁ノ墓」と書いてある。
叔母は無縁仏も弔っているんだから立派だというが墓石にはO家の人の俗名がひとつだけ彫ってある。
今流なら「眠り」とか「愛」、「心」、「感謝」とかつまらんことを書くところを
「無縁ノ墓」と書いたんじゃないだろうか?
俺は一人だ!戒名?ふん!の決意表明か?
この人の血はお袋の母親を通して俺にも流れているから少し誇らしい。



叔母とうちのおふくろが引き継いだ俺の住んでいた飯野のうちの前を通り
親切な親戚が住んでいたと叔母の言う長井町に寄り、昔からの和菓子屋で「葡萄姜」を買い
瀬波に向かう途中の「やまとのうさん」でお土産用に餅をいくつも送ってもらっていた。
ここの餅は去年、叔母に送ってもらったが美味かった。
ずっとタクシーで回ったが料金は3千円台だった。
リッチな叔母はおつりはいいですと5千円、もしかしたら1万円を出していた。

少し早いが「汐見荘」に到着。

浜から見た汐見荘と海。瀬波は沿岸流なのか流れが速い。
このブロックは海水浴客を守るためなのか、砂浜を守るためなのか?




ベランダの露天風呂に入るという叔母とかみさんのために水を入れては掻きまわした。
年寄りでも女の裸を見るのは遠慮して俺は露天風呂へ行った。
結婚してしばらくはかみさんや子供と瀬波やもっと先の海へ夏の旅行で来ていた。
そんなことを思いながら海を見ながらすっかり温まったぜ。

夕飯を喰いながら大洋盛りをちびちびと。


これは「夕日シアター」の映像で本物の夕日ではない。
晴れていたらこんなに見えますよってやつだ。


車で回っていると村上もすっかり変わった。
何より道が広くなった気がする。新しい道路も出来たはずだ。
肴町から安良町、鍛治町、小国町辺りは昔のままって感じだけど。

夜、雨音激しく雷もなっていたが朝起きると雨は止んでいた。
昨日のタクシーの運転手も夜はひどい降りだったと言っていた。

昨日は入らなかったベランダの露天風呂に入ってみた。



散歩がてら岩船鮮魚センターで干物を買ってきた。
途中の道にはハマナスが咲いていた。


スケボーの練習台が建築用のパイプで組んであったり、スケート場が建設中だった。
お土産屋にはこんな写真も。
平野歩夢はここら辺(瀬波)の出身なのか?


駅まで送迎バスで向かい、帰りもいなほのグリーン車。
新潟駅で1時間時間があったので弁当やお土産を買った。
ホテルでお土産を宅急便で送った叔母だがまた荷物が増えてバックが膨れ
紙袋まで持つことになってしまった。
俺から見ればトートバックに毛が生えたようなバッグだがPRADAのロゴがあった。

新潟限定のサッポロビール。旨かった


長いトンネルを何度も通り上毛高原に出て高崎の次はもう大宮だ。
これに懲りずにまた一緒に付き合ってちょうだいよ。
こんどはそっちで計画して誘ってくれない?との仰せでへへー分かりました、
では気を付けて帰ってくださいと言って別れたのだった。

年の割には元気には違いないが先のことは分からない。
何の親孝行もしていないので叔母孝行になるのだったらそれもいいと思う68才なのであった。

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おおまた

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1950年生まれ。かみさんと娘2人(女子大2年と女子高1年)、かみさんの親父の5人暮らし。「くるみ」を初めて聴いた(見た)ときは泣いちまったぜ。そんな時はどうしたらいい?
時は流れ、上の娘は会社員、下はもうすぐ大学3年(就職厳しそう!)、俺は定年し無職のオヤジになっちまった・・・
更に時は流れ、親父さんは亡くなり二人の娘は何とか会社員をやりつつ腐女子を貫徹している。俺は1日4時間のパート暮らしだ。
更に時は過ぎ俺は完全無職だ。