どうしたらいい?

リーグ優勝・ACL優勝!国民国家解体!定年退職者に昼酒の自由を!

昨日は忘年会だった

一昨日、兵六から帰る電車が大宮に着いたとたん天皇杯帰りのO君に気が付いた。
では一杯というので泉屋でビール2本を飲んだんだがそれが効いてしまった。
やや二日酔い気味の状態で茅場町へ。

隅田川に日本橋川が合流するところに立つビルのカフェはいい感じだった。


16時スタートからひたすらビールを飲んだ。
鹿島サポのSさんにCWC決勝のチケットのことを聞いたら
決勝出場クラブの割り当て分をインファイトの筋から入手したと言っていた。
なるほどそういうことか。
ヤフオクで大枚はたいたんじゃないかと心配してたんだぜ。

これにて今年も無事に終了だ。

日が暮れたらこんな感じだ。橋は永代橋だ


帰り道の公園のトイレでブー!


それにしても男女問わず独り者が多い。
昔なら「孤独な独身青年」と言うところだがそんな感じでもない。
みんな魅力的な人々なんだけどね。
無理して結婚はしないってことなんだろうな。


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鬱々と飲んだくれて・・・

鬱々と飲んだくれて胃肝臓誰にささげん徳利一つ(「エチカ1969年以降」福島泰樹)

数年前からそうなんだがダメだった自分を思いだしてため息をつくことが多い。
あれもダメ、これもダメだったと頭に浮かんでくることが消えることがない。
ため息だけじゃなくて言葉が出ることも多い。
友達のかみさんにそれはやばい、それはダメだと言われたことがあるが
自然と頭に浮かんでしまい「あーあ」と言葉が出てしまうんだから止めようがない。
ミスチルの「くるみ」に『よかった時だけ思いだして・・・』というのがあるが
そんなもんは年をとるとともに薄れ手のひらからこぼれてしまったみたいだ。

家族も含めて関係をぶち壊してしまいたいという暗い衝動が湧いてくる。
これは俺の昔からの悪癖だ。
前向きに問題を解決するという思考ができないんだよな。
昔、大学の英語の授業でアウフヘーベンの意味を聞かれたことがあった。
「止揚のこと、対立する二つの事項をより高い次元で解決する」くらいのことを答えた気がするが
俺には全く無縁な言葉だったと今になってしみじみ思うぜ。
70年5月か6月、真面目に授業に出ていたころの話だ。
同じクラスにはサークルも同じだったHさんとSさん、Oもいた。
革マルだったが大学では表で活動しないMもいた(何故なんだったんだろう)。
Hさんは姉さんの影響もあって革マルはダメよと言っていたが
俺は別にそんなこともなく誘われて政治集会に行ったこともあった。
立川教育会館だったかを埋め尽くした人々が延々と続く基調報告で
「あのブクロ(中核)派が」というたびに受けるのを見て
これはダメだ、違う世界だと思ったものだった。

死んだあくたは「革マルではなくブントを、戦旗ではなく叛旗を」選択してきたと
どこかで書いていたが俺はとてもそんなふうには言えないよな。
でもなそれがなかったら今まで持ちこたえられなかったはもするぜ。

ずるずると思い出話になってしまったがこうして思い起こすことは精神にとっていいことかもしれないよな。

冷たい雨が降っているが風呂掃除だ。
今日から遅番の連荘でその後は兵六の今年最後の営業日、翌日は忘年会だ。
その後は大みそかからバイト3連荘だぜ。
年末手当出せよ、10月から最低賃金上がってんのによう、まだ時給840円てのはどういう訳だ!?
じじいだからってなめんじゃねぇぞ!
少しは元気が出てきたかもな・・・

冬のバラ


Kさんにもらったくるみ、器はTさんの作品




CWCが終わった

初めて鹿島を応援してしまったぜ。
CSからのもやもやした気持ちも鹿島が決勝まで行ったことで消えた気がする。

柴崎はインタビューで嬉しそうではなかった。
負けたことが本当に不満らしい。
健闘した、Jリーグ初の決勝etcの誉め言葉も要らないようだ。
柴崎、素晴らしい、鹿島、いい根性してるぞ。

この状態を落とすことなくシーズンを迎える、来年はACLチャンピオンでCWCにでる
っちゅうのは石井(監督)の言葉だ。
上等だ、リーグ戦、ルバンでチンチンにしてやろうじゃないか。
ACL準決勝辺りでけちょんけちょんにしてやるぞ。
グループステージで負けるんじゃねえぞ。
でもこれは浦和や川崎にこそ言えることだろうけどな。

強い鹿島が天皇杯を勝てるかというのもあるし
来季のリーグ戦でいいところを見せられるかというのも分からない。
でも確かにクラブにとっては大きな力を与えるCWC決勝の経験だろう。
個々の選手、監督にとってだけでなく鹿島というクラブ=組織の力を一段上げたに違いない。
そんな鹿島を倒すために浦和を始めとした他のクラブが全力で戦う。
それを思えば来季のJリーグにも期待ができるってもんだ。

でもなあ、それでもCS敗北のダメージは大きいんだよな・・・

情けねえぞ!浦和レッズ CS決勝、鹿島に負けた

かあちゃんは隣でこんなことがあっていいのか・・・と何度もつぶやいていた。
最後は浦和が槇野を上げて得点を狙ったがそのまま終了。


負けちゃいけないが負けない、負けるわけがないという思い込みになっていたかもな。
1回戦も2回戦も同じような展開で前回は無得点に抑えられたが今回はダメだった。
浦和らしい興梠の先制点で今日はゴールラッシュかとも思ったが10分で攻勢は終わってしまった。
槇野はファールで止めずに西川のシュートブロックに期待した方がよかった。
結果論だが西川のPKには全く期待できないんだからな。

しかし何という脱力感なんだろう。
帰りの電車の中で来年は少し距離を置こうか?
レッズの試合を第一に考えるのは止めてしまおうなんて思っていた。
なんかため息も出ないって感じだよな。

2月には気持ちがまた浦和レッズに向かっていればいいんだけど。
いつものように今年こそはという気持ちになっていたいんだが不安だ。

私の前で録画は絶対見るなというかあちゃんが言っているので明日にでもゆっくり見ることにする。
それにしても今日の遅番は行きたくないよ。
同僚のじじいどもの嬉しそうな顔が目に浮かぶぜ。

 ↓浦和にシャーレを渡すチェアマンにブーイングしたかったんだろうな、残念!


 ↓みんなこんな結果を思いもしなかっただろう。


 ↓試合終了、崩れ落ちる浦和の選手と喜ぶ鹿島の選手、速攻で帰るバックアッパーのサポ。



永源遥が死んだ

40前に週プロを読むようになって初めて見たプロレスは新日か全日か?
記憶をたどると新日、全日の順番だったのか・・・

週プロを見ている俺に会社の若いやつが父親の関係だと言って新日のチケットをくれた。
その試合でたけし軍団がリングに上がってビッグバンベーダ―を刺客として
差し向けるから戦え!みたいなことを言っていた。
観客はブーイングを浴びせていたがリングに走り込んできた猪木が
「プロレスなめんじゃねーぞ、この野郎!」に続けた
「戦ってやるぞ!みなさん、どうですかー」に大拍手で
さっきのブーイングはどうしたんだ、こりゃ俺には会わない団体だと思ったものだった。

初めて行った後楽園の全日の試合はチケット売り切れでダフ屋から1万円で買った。
セミファイナルのブリティッシュブルドッグスとマレンコ兄弟の戦いにしびれ
メインイベントは見ないで帰ってしまおうかと思ったくらいだった。
メインの天竜同盟と鶴田の正規軍(だったっけ)の6人タッグも当然のように良かったけどね。

当時の新日は何かにイラついている長州力がラリアット一発で勝負を決めるといった展開で
そりゃないでしょという気持ちにさせられた。
それに比べるとこれでもかこれでもかという全日の戦いは面白かった。
(げっぷが出る寸前とも言えるが)

前座に馬場が出ていたが相手はラッシャー木村と永源遥で馬場組は渕あたりだったか。
永源のつば攻撃にリング近くの客は新聞を広げながら喜んでいた。

70歳と埼玉新聞の訃報に出ていたが俺と4つしか違わないというのが驚きだった。
サウナで心筋梗塞で倒れたらしいが、「永源、サウナはやめろ、サウナはダメだなんだよ」
とラッシャー木村なら言うところだ。
でもなあ、やり切った人生には違いないんだろうな・・・

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おおまた

おおまた

1950年生まれ。かみさんと娘2人(女子大2年と女子高1年)、かみさんの親父の5人暮らし。「くるみ」を初めて聴いた(見た)ときは泣いちまったぜ。そんな時はどうしたらいい?
時は流れ、上の娘は会社員、下はもうすぐ大学3年(就職厳しそう!)、俺は定年し無職のオヤジになっちまった・・・
更に時は流れ、親父さんは亡くなり二人の娘は何とか会社員をやりつつ腐女子を貫徹している。俺は1日4時間のパート暮らしだ。
更に時は過ぎ俺は完全無職だ。