どうしたらいい?

リーグ優勝・ACL優勝!国民国家解体!定年退職者に昼酒の自由を!

連敗しちまったぜ、神戸に1-2

ブラジル人3人だけ!のネルシーニョ神戸に負けるわけにはいかない
なのにミラーゲームでやられてしまった。
このところ先に失点することが多い。
前半に2失点では厳しすぎる。

全くネルシーニョって奴はどこのクラブにいても
浦和相手のときは気持ちを入れてくる。
ネルシーニョとの戦いになるんだよな。
そして大事な試合で結構やられているんじゃないか。

試合自体はこの前の川崎戦より悪かった。
決定機はずーっと少なかった。
決定機を決められないのは同じだったけど。
でも追いつきたかった・・・
これも川崎戦と同じだ。

鳥栖とガンバが迫ってきてる。
神戸とのレヴァンカップを2試合戦い鳥栖戦だ。
正念場だ。

昨日は絶対勝ち、2試合トータルでレヴァンを勝ち進む
そんなふうに思っていたが早くも崩れてしまった。
まずはレヴァンを突破してくれ。
西川と柏木、槇野(ケガもあるけど)は代表で不在だぞ。
普段、試合に出れない選手の中から誰か出て来てくれ。
カップ戦のスターになってくれ。

せめてもの救いは川崎が柏に負けた(2-5の大敗)ことだ。
浦和戦の後にはありがちなことだよな。
どこも浦和戦でいい戦いをしてもその次の試合は緊張が切れてしまう。

こういう負けが続くと絶対的なストライカーを!と思ってしまう。
ズラタンなんてその資格はあると思うんだがほぼ先発はないしな。

リーグ戦次節は2nd勝点差1に迫ってきた鳥栖が相手だ。
川崎は福岡に負けることはないだろう。
ヒリヒリするような戦いだが負けるわけにはいかない。
何度も言うけど正念場だ。


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錦糸町河内音頭 夏が過ぎて行く・・・

前日にWから今年は手荷物を預かってくれないとメールが来ていた。
ナップザックを背負いながら踊るしかない。

会場に入って真ん中あたりで1年ぶりにUさん(伊達さん)に会った。
今年は去年よりは気力充実という感じだった。
恒例の図書新聞のコラム(カルチャー・オンザ・ウェッジ)のコピーをもらい
飲み屋のテントに入ってビールを飲みながら読んだ。

Wは明るいうちから踊っていて江州音頭になっても踊り続けていた。
飲み会だけ参加だったAからそれも無理という連絡があったそうだ。
結局飲むのは無しになった。残念。


俺は3曲踊った。
時間とともに大変な込み具合になり満足に踊れない。
マンボは跳ねるので前後の人とある程度距離がないと辛い。

毎年思うがこれで今年の夏も終わりだ。

 ↓髪形は少し変だが上手かった。雲竜左枝菊
  「追悼 朝倉喬司」の提灯が見える。


 ↓こんな勢いのある江州音頭もあるんだ。月乃家小菊
  それにしても江州音頭を踊る人も増えたよな。俺は相変わらず我流マンボ一本やりだけど


 ↓味さん(三上治)も来ていた。「文徒」の提灯を見て何を思う・・・  


さて土曜日は神戸戦だ。
前節川崎に負けたのでここが踏ん張りどころだぞ。
強い気持ちで戦ってくれ。

昨日最後の曲を踊った時、内側の列にレッズのタオルマフラーを巻いたカップルがいた。
まあ、どうでもいいけど。





負けた 川崎に1-2

何の根拠もないんだが勝てると思っていた。
試合の時間だけでも雨は降らないでくれの願いは通じたんだが。


パスを回して攻め込んでくる川崎は怖かった。
圧力を感じた。
年間首位にいる強さを感じた。
しかしレッズも前からプレスをかけて追い込み
ボールを失ってもすぐに取り返した。
それは川崎にも言えることだけど・・・
押し気味の展開の中で失点した。
決めたのは小林悠だと思ったが中村憲剛だった。

浦和の得点は森脇のクロス(シュートか?)をゴール前で相手DFに競り勝った李が決めた。
エンドラインまで走り込んだ森脇素晴らしい!
李も落ち着いて決めた。

 ↓後半開始直前

 ↓同じく川崎サポとバックアッパーのLフラッグ


後半は浦和が試合を支配していた。
しかし何度もあった決定機を決められない。
GK正面、枠に飛ばない!枠に飛ばないのは何本あったか・・・
そのうちやられると誰もが思っただろう。
そしてその通りになってしまった。
交代で入った直後の森谷(誰だ?モリタニ?モリヤ?)に決められた。
終了間際の武藤のシュートも枠をとらえられなかった。
あんなゴールを決めるのが武藤のはずなんだが
この試合を象徴するようなシーンだったよな。

シュート数は浦和11本で川崎は6本らしい。
決定力の差だ。
大久保も小林悠もを抑え込んだのになあ。

高木と駒井が先発だったがどちらも思い切りがない。
ボールを持ち過ぎて失うことが多かったんじゃないか?
ドリブルで行くなら行く、パスを出すならもっと早くだ。
判断が遅いんじゃないのか。
クロスで覚えているのは李が決めた森脇のシュート性のものだけだ。
関根がいないのは痛い。
梅崎を何故使わない?

森脇が走れなくなって引っ込んで最終形はこんなだった。
   西川
遠藤 那須 阿部
  柏木 青木
駒井    槇野
  李 武藤
   興梠

阿部は全試合フル出場が続いている。
素晴らしいことだがこのところパスミスが目立つ。
この試合も何であんなパスを出すんだ?を奪われて危うく失点するところだった。
フル出場はそろそろ厳しい歳なんじゃないのか。

 ↓試合後の挨拶にゴール裏から「浦和レッズ!」コールが送られた


今日は台風の影響で雨と風が激しい。
今は豪雨だ、さっきより滅茶苦茶降っている。
下の娘は夏休みだが上の娘とかみさんは仕事に行った。
かみさんが帰ってくる昼過ぎ頃がピークみたいだ。
この前行った真鶴には避難勧告が出た。
俺は休みなのでこうしてブログってるわけだ。

残り8試合、厳しい戦いが続くが今年の浦和レッズは違うはずだ。
12月3日を目指して戦っていこうぜ。
(うーん、それにしても追いつきたかったよ・・・)

青春18きっぷ 2回目は白河

先週の真鶴に続いて昨日は白河に行った。
白河は親父の田舎だ。
うちの本籍は村上から横浜に引っ越して本籍を変えるまでは白河だった。

大宮発8:23に乗り、宇都宮、黒磯と乗り継いで11時前には白河着。
黒磯からは2両編成のちょっと変わった座席の電車だった。

こんなに近いのに今まで来ようと思ったことはなかった。
10年以上前に山の帰りに2回通っているんだが何の感慨もなかったんだろうか。

到着した駅のホームからお城が見えた。
観光案内所で地図を2種類もらってとりあえず昼飯を喰おうと歩いてみた。
中華屋で味噌タンメン(失敗!)とビール、つまみのきゅうりの漬物が旨かったのでOK。

小さな町だが山あり川あり歴史ありでいいとおもうが親父からは白河のことを聞いた記憶が全くない。
もともと自分から喋るなんてことはない人だったが何故だと言う気もする。
尋常小学校を出て上京し働き、(今の)日本基督教団武蔵小山教会に通い、おふくろと出会い結婚した。
2回召集され中国で従軍し、現地除隊して満鉄に勤め満州の北の外れにいたらしい。
うちには中国でボタ山みたいなところで撮った部隊の集合写真と
おもちゃみたいな勲章が2つか3つあった。
「誰でも貰える勲章だ」と聞いたことがあったな。
付き合いのあった「満人」に「日本はもう危ないよ」と言われて帰国を決意。
役所で帰国が理由ではダメだと言われたので家族を連れに行くということにしたそうだ。
当時は酒も煙草もやらなかった親父は「満人」にそれをやって
飯を食べさせてもらったりしていたそうだ。
それが信仰と関係するのか分からないがおかげでおやじは無事に日本に帰り
おふくろと兄貴が疎開していた村上に行ったわけだ。
そして俺が生まれたんだよな。(ふー・・・)
それ以来、村上で暮らしていたんだが俺の中学卒業と親父の定年を機会に横浜に引越した。
親父は三面川でアユ釣り(ゴロ掛け)をして暮らしたかったに違いないと思うが
ヘゲモニーを握っていたのはおふくろだしな。

おふくろは割と露骨に親父の実家を嫌い、付き合いもなかった。
親父は親父で白河を出るしかなかったことに何か面白くないものを感じていたのかもしれない。
俺の想像でしかないけど・・・

冶津田川(やんたがわ)を越えてすぐの常宣寺はよかった。






川沿いを歩いて寒晒橋(かんざらしばし)から小南湖へ。
フクシマなんだな。




松平直矩の墓、割と地味な感じだ。


村上と縁があったんだな・・・


南湖へ歩いたが地図が良く分からない、というか南湖は歩く範囲外と思っているみたいだ。
白河第一小学校で小学生に聞いたがよく分からない。
(正しい道を教えてくれたのだが俺の方向感覚が信じなかった。ごめんよ!)
この南湖森林公園というのが地図には載っていないんだよな。
案内図をよく見ると右端に南湖方面と書いてあった。


立派な樹々の間を通ってようやく南湖に到着。


南湖神社を見てほぼ同じ道を戻り横町へ。
横町と言うのがうちの前の本籍だったはずだ。


近くのお寺のお墓を覗いたり表札を見たりしてみたが・・・

線路の下を潜って小峰城へ。
再建のお城だがコンクリート作りではない。


石垣は東北大震災で被害を受けて修復中だ。
作業をしている人はこれが済んだら熊本城に行くそうだ。


天守閣の一番上は驚くほど小さかった。




今回はお土産を買わなくちゃと思ったが駅には売店がない。
駅近くにもお土産屋はない。
ローソンにも何も売っていない。
仕方なくビールとつまみを買って黒磯行に乗ったが満員でビールを飲むどころではない。
黒磯でようやく一息ついた。

宇都宮で途中下車して餃子でビールを飲み、お土産を買って帰ってきた。

もっと回りたかったし阿武隈川にも行きたかった。
でもまあそれは今度ということで。

名古屋に勝利、川崎は負けた

絶不調の名古屋に負けるわけにはいかない。
急造の3バック(5バック)に抑えられるわけにはいかない。

試合は前半終了間際に柏木のパスに反応した武藤が1点目。
武藤絶好調!
2点目は後半終了間際に西川のロングフィードをズラタンが決めた。
西川は2試合連続のアシストだ。

これで川崎戦前の3試合を全部勝利した。
今までならこうはいかなかった。
レッズは確実に強くなっている。

続けて鳥栖と川崎の試合を見た。
前半は0-0、後半開始直後に鳥栖が先制した。
鳥栖は強かった、よく走り、球際の戦いで勝ち、シュート数でも勝っていた。
豊田がチャンスを決めていればもう2,3点は入っていた。

2ndは勝点差3で首位に立った。
年間は勝点差2に縮まった。
これで次節川崎戦が滅茶苦茶面白くなった。
勝って首位に立ちたい。

トイレのドアでヤモリが潰れていた。
もう何日も経ったらしくシールでも貼ったみたいに見える。
娘のベッドのマットレスの下で潰れていたこともある。
毎晩台所の窓の外には張り付いているんだが家の中にもいるんだなあ。
黙祷




初めての青春18きっぷで真鶴へ行った

8時半の上野東京ラインで一路真鶴へ。

ぶらぶらと歩いて岬の突端へ向かう。

真鶴港の「宵」で昼飯とビール。

煮魚定食 1400円、生ビールと瓶ビール 各600円だった。


ご飯を半分弱お代わりした。

歩いているうちに道に迷った。


本当に方向音痴だ。


FC東京のタオルマフラーを巻いて海に入っている奴がいた。

一応ブーイングしてやったぜ。


裸足になって海に入ってみた。


帰りはバスで真鶴駅に戻った。

そしてやっぱり兵六なんだよな。

Sさんが中川一政美術館はいいよ、行かなかった?と言っていた。

そうそう、兵六に入った途端Wさんのちょんまげが見えた。

杖は持っていたが復帰したんだ。

よかった・・・

あと4回、使えるのは9月10日まで、ちょっと厳しいか?


会津駒ケ岳(2日目)

休みは8/1から4までだった。
出来れば1日から行きたかったが天気がよくない。
1週間くらい天気予報をずっと見て3日にした。
天気予報は「てんきとくらす」、「山の天気」そして「GPV気象予報」を見ていたが
「地図検索ならMapion」の天気予報も使える。
これと「GPV」で雨の予想を見て判断した。

駒の小屋  4:38 
会津駒ケ岳 4:54
中門岳   5:32
駒の小屋  6:45 
朝食
駒の小屋  7:46
大津岐峠  9:04
電発避難小屋 10:27
大杉岳  11:42
御池登山口 12:35

3時過ぎに起きて星を見に行った。
女性のグループが空を見上げて流れ星に声を上げていた。
満天の星とはこのことだが星が多すぎて北斗七星も見つけられない。

駒ケ岳の日の出は4:41だがもうすっかり明るくなっている。
そうか、日の出前には明るくなるのかと思いながら駒ケ岳へ歩きだした。
 
 ↓駒の小屋前の駒ノ大池のわきを通って駒ケ岳へ




 ↓左は中門岳へのショートカット


16分で会津駒ケ岳山頂に着いた。


さあ、中門岳へ行くぞ。


今回、ここだけで咲いていたニッコウキスゲ、見れて良かった。


中門大池に到着、「この一帯を中門岳と言う」の標識がある。


木道に従ってさらに進み池塘の周りを一周した。
ここが中門岳の最高部らしい。


霧が流れてきては消えてゆく、その中を引き返した。


駒ケ岳を巻いたら燧ケ岳がこんなふうに見えた。


駒の小屋に戻って朝飯、既にほとんどの人は出発していた。
スパッツをしたんだが靴下はびしょびしょだ。
靴のゴアテックスは雨具のゴアテックスとは意味合いが違うのか?
説明書に書いてあって気もするけど。
靴下を干しながら裸足で飯を喰っていたらアブに刺されたらしい。


喰いながら御池まで行けるんじゃないか?
でも大杉岳からの下りで左ひざにきたらやばいしと自問自答した。
とりあえず大津岐峠まで行ってから判断することにした。
左ひざにサポーターを巻いて出発だ。


やぶの中を歩きそうな感じなので雨具も着た。
腰までの笹や草の中を歩いたのでこれは正解だった。
笹の中を歩くのは怖い、熊はいないだろうなと本気で心配した。
口笛を吹き、手をたたき、歌を唄い、全部浦和のチャントだけどね。


昨日も赤とんぼが多かったが今日はその比ではない。
「邪魔だ、どけ!」って感じで歩いていた。

滝沢ピストンの人も結構いたみたいだがここ(富士見林道)も歩かなきゃな。

大津岐峠に到着。時間は大丈夫、ひざもOKということで
行き先をキリンテから御池に変更した。


大杉林道を通ってまずは電発避難小屋へ、
大津岐峠で雨具のパンツも脱いでスパッツだけになったんだ。


電発避難小屋はこんなところだった。


雪に埋まらないようにこんなに高いんだろうか?
それにしても干してあるシャツやパンツは誰のだ?
ここでかあちゃんにメールした。
「下山先を御池に変更した。帰りの時間は同じ」と。
何かあって予定のキリンテを御池に代えた中高年の無謀な登山
なんて言われたらたまらない。

大杉岳は全く展望なし。
(俺の人生のようだ・・・)


ここから急な下りが続いたが何とかひざが爆発することもなかった。
思うに元々地面が柔らかい、その上昨日の雨で木の葉や枯れ枝が集められて
クッションになっていた。
ぬかるみも多くローカットの靴がほぼ埋まったこともあった。

やったぜ、御池だ。
(駒の小屋を出てから誰とも会わなかった・・・)


バスでアルザ前まで行き温泉に入ったが露天風呂(これしかない)には
ざっと見たところ3種類のアブが飛び交いやばい雰囲気だった。
「アブがいるけど着衣では入るな」と掲示があった。
東北はアブが多いとは聞いていたが本当にそうだった。

去年の反省を踏まえて特急に乗って帰ってきたぜ。
大宮に着いてザックを背負うと重い!
こんなのを背負ってよく歩いたと思ってしまった。

今回の山行きも無事に終了した。

PS.前日、下山の人に今までで最高かもと言われたが、やっぱり去年の熊代田代の感激には及ばなかった。

湘南に大勝したが得失点差広がる・・・

前日まではTV観戦のつもりだったが
マッチデープログラムが501号記念の84ページだと言うので
こりゃ埼スタで買わなきゃと思った。
 ↓表紙は高木だった


 ↓ページをめくっているといろんなことを思い出す


早番の後と言うのは少し辛い、開始時間が6:30だったし。
でも「なごみ」で瓶ビールとつまみ2品で気合を入れたのだった。

初めは南ゴール裏、試合開始30分以上前からチャントを歌いっぱなしの湘南サポを見ながら
こいつらのためにも来て良かったと思ったぜ。


西川の高いロングキックに関根が走り込んでGKに競り勝って頭(!)で決めた。
蹴ったのが西川だというのは試合後のオーロラビジョンで分かった。
湘南からすれば思いもしない失点だろう。

前半40分過ぎに武藤が2点目を決めたが直後に失点した。
先制点の後、しばらくうだうだした時間が続いた。
早く2点目を取ってくれよと思いながら見ていた。

前と後ろ、そして左隣と3人のうるさい奴に囲まれて往生した。
後ろの奴はチャントを絶叫し続けていた。(お前の席は北だろ)
前の奴とは2回ハイタッチをしてしまった。
拒否するほど根性はないんだ・・・

ハーフタイムに北に移動した。
CKから槇野が決めた。
やっとセットプレーから点が取れるようになってきた。
(TV観戦のかあちゃんは槇野のハンドだと言っている)

 ↓アウェー自由席の後方に花火が上がっていた。どこの花火大会なんだ


追加時間に青木の深いところからのクロスを武藤が落ち着いて決めて4点目。
そして試合終了。


川崎は負けはしないだろうが甲府に1点差の勝利、そんな期待をしていたら
結果は4-0、得失点差は縮まるどころかひらいてしまった。
次節、名古屋にも勝って川崎戦を迎えたい。

 ↓We are Diamonds♪


大宮に帰って日高で一杯やりながら晩飯を食った。
福岡に勝利した大宮サポが何人がいた。
ダービーで追いつかれて引き分けたのが痛いよな・・・



一人山行きは会津駒ケ岳(1日目) 

あこがれていた<駒ケ岳>は会津駒ケ岳になった。
去年は尾瀬から燧ヶ岳に登って御池に下りたんだが、その先が会津駒ケ岳だしね。

1日目
駒ケ岳登山口 11:08
滝沢登山口 11:37
水場 12:58
駒ノ小屋 14:46

大宮を6:23の東武線に乗って会津高原尾瀬口駅着が9:25
9:50のバスに乗り駒ケ岳登山口で降りたのは俺と同年代の夫婦の3人だけだった。
2人とも関西弁だ、百名山巡りでもしてるんだろうか。


歩き始めの30分はゆっくり行きたいので少し時間をつぶして先に行ってもらった。
沢を右手に見ながら歩き始めたが、森が濃い、樹がでかいと思ってしまう。


コースタイム通り30分で滝沢登山口に到着。
階段を登っていざ会津駒ケ岳へ!


途中、何人もの単独の人、数人のグループの人が降りてきた。
何人かと話したがみんな今朝登って降りてくる人だった。
おばさんのグループは雨が怖くて中門岳の途中で引き返して来たと言っていた。
単独のおじさん(俺よりずっと若い)は中門岳行かなきゃダメ、今までで一番良かったかも
と充実の表情だった。


オヤマリンドウ?平開しないってことはこれで咲いた状態なのか?
そう言えば開いたこの花は一つも見なかった。


水はポカリの900mlとその空ペットにお茶を昼飯分入れていた。
水場で昼飯を喰い、空いたペットボトルに水場の水を詰めた。


水は冷たくペットボトルがあっという間に曇った。
こうして見るとしょぼいけどいい水だったよ。


ここまで1:30のコースタイムのところ、1:20
2時半小屋到着なら雨に降られずに済むんじゃないか
若干、不安に思いながら13:23、駒ノ小屋に向けて出発。

1時間ほど歩いたところで湿原が現れた。
去年の熊沢田代を思い出したぜ。
(黄色いのはキンコウカ、白はイワショウブか?)


 ↓缶ビールの空き缶を担いで降りてくる女性、おんな歩荷か?!
  翌日小屋の親父に聞いたらかみさんだそうだ。
  親父は小屋のHPで見て俺と同年代かと思っていたらずーっと若かった。


木道を歩いて駒ノ小屋に到着。




小屋は飯無しで布団絶対保証の3000円、そのため予約必須と言うことらしい。
登山口で俺と降りた2人は予約していなかったらしく虚しく降りて行った。
うーん、難しい。
HPにも「山と高原地図」にも完全予約制と書いてある。
でもなあと言う気もするが新たな山小屋を作るんだと言うことなんだろうか。
2人が雨に降られずに下山できたらいいんだけどね。

スーパードライの前にキリンラガーを飲んだんだが非常に苦かった。
何故だ!と言うほどだった。
疲労は味覚に影響するんだろうか・・・
つまみはつま缶だ。


このままサッポロ一番(味噌)の夕飯に突入してそのまま布団に入った。
俺たちの部屋は11人が泊まっていた。
1時間おきに目が覚めながら3時に起きても睡眠10時間だと思いながら寝ていた。
5時半ごろから雨が降り始め30分ほど激しく雨音がしていた。
そうして一日目が終わった。


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おおまた

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1950年生まれ。かみさんと娘2人(女子大2年と女子高1年)、かみさんの親父の5人暮らし。「くるみ」を初めて聴いた(見た)ときは泣いちまったぜ。そんな時はどうしたらいい?
時は流れ、上の娘は会社員、下はもうすぐ大学3年(就職厳しそう!)、俺は定年し無職のオヤジになっちまった・・・
更に時は流れ、親父さんは亡くなり二人の娘は何とか会社員をやりつつ腐女子を貫徹している。俺は1日4時間のパート暮らしだ。
更に時は過ぎ俺は完全無職だ。