どうしたらいい?

リーグ優勝・ACL優勝!国民国家解体!定年退職者に昼酒の自由を!

テクノロジー万歳!?

先日、BSで新疆ウイグル自治区のウイグル族が中国政府にどんなふうに支配・管理されているかという番組を見た。
街中にとんでもない数の監視カメラが取り付けられ通行人を監視している。
ウイグル族は身分証明書の保持を義務付けられていてチェックポイントでチェックされ逆らうと拘束されて収容所に送られる。
多分裁判もないので(あっても非公開か)いつ出られるか家族も本人もわからない。
中国人(漢民族)はそれを良しとするんだろうが明日は我が身なんだぜ。
チベットで香港で、やがて北京で上海で中国の街中がそんな風になり、非接触のICカードの身分証明書はかざす必要もなく行動を記録されるだろう。
はやりのビックデータ(よく知らんけど)解析されこいつは危険だと判断(誰がだ?習近平か、コンピュータか)されれば収容所送りだ。
テクノロジー万歳の中国人と人民支配に何のためらいもなくテクノロジーを利用する中国共産党がいる。
経済発展で勃興する中産階級が中国共産党支配を打ち破るという結構いけそうな希望的観測はどうなったんだ。
絶望的な気持ちにもなるが困難な状況の中で戦う中国人、香港人、ウイグル人、チベット人はいるんだ。
その人たちを思っていたい。

ウイグル族監視システムを作っている中国の会社にはあのハーウェイも入っている。
トランプも言いがかりだけではないってことか。
技術者が技術だけ追い求めているととんでもないことになってしまうのは中国の話ばかりではない。
まだ会社勤めのころIT関係の展示会に行くとNECあたりでも通行人の顔認識で個人を特定できるとか顔を変えても歩き方で特定できるみたいなことを言っていた。

まったくジョージオーウェルの1984は現実のものになっている。
そのうち支配者が人間なのか機械なのか誰も分からない、そんなSFのような世界が本当に来るのかもしれない。
「街頭武装闘争」が懐かしいつうのはジジイのたわごとだがそれが可能なのが真っ当な社会なのは間違いないぜ。

これは昨日買った秩父錦純米酒、呑みやすい。
秩父錦純米酒20201208
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かみさんが留守なので飲む

留守というか公文に稼ぎに行っているんだけど・・・なので?にも関わらず?酒を飲む。
銀杏とビールの相性が悪いのか滅茶苦茶変な感じになってきた・・・が飲む。日本酒も飲む。
奥多摩に行って帰りは兵六のコースも考えたが結局何もない一日になってしまった。
(嘉泉は福生の酒だ)
嘉泉20201106
一晩経ってもアメリカ大統領選の結果に変化はない。全く信じらんねぇぜ。
投票所のインタビューでトランプに投票したという奴がこういう理由でと幾つも理由を挙げていたが
バイデンに入れた青年は吐き捨てるように「トランプじゃないからだ」と言っていた。
おっしゃる通り!余計なおせっかいだけど。

うちの今日の話題は大統領選の進捗についてと「柏木の不倫」だがさっき見たら一緒に飯を食べただけで帰ってきてるじゃん。
何がどこが問題なんだよ!FRIDAY!たとえ「不倫」でも何の問題もねえけどよ。
売るためなら何でもやるクソ野郎だぜ。
(柏木は記者にもきちんと対応している。それに対して浦議のクソどもは例のごとく罵詈雑言だ。地獄さ落ちろ!)

菅の学術会議の任命拒否で先日の朝日新聞にお茶の水女子大名誉教授が「名誉を傷つけられ、尊厳を奪われ、理由を説明されないので心の傷が深くなる」みたいなことを言っていた。
どんな婆さんかと、90歳か?もしかしたら100歳?!と思ったら俺と六つしか違わない。
何が心の傷だ、バカ言ってんじゃねえよ。
政権に逆らう奴は勘弁しねえと姑息かつ露骨に嫌がらせをされて何を言ってるんだよ。
名誉は傷つけられたのかよ、尊厳は奪われたのか?
むしろ名誉なことだろ、学問の自由とか見当はずれに弱弱しく愚痴ってんじゃねえよ。

酔っ払ってここまで書いても憂さ晴らしにもならず当然、何かしらの纏めがある訳もない。
ああ、知人友人と酒を飲みたい。

浜中さんが死んだ

S田さんから、亡くなった、葬儀は親族で済んでいる、何かあったら連絡するのショートメールが来た。
少しは覚悟していたところもあるが2016年6月にSさんとM子さんと介護施設に会いに行ったきりだった。

とりあえず浜中さん、一緒に飲もうぜ!がこれだ。
奥の松20200929
白い杯が浜中さんの分だ、俺が結婚するときに兵六のおやじさん夫婦にもらったお銚子とセットの杯を使ってくれ。
浜中さんを訪問した4年前(そんなに経っていたのか!)のブログはこれだ。
https://susumureds.blog.fc2.com/blog-date-20160609.html

浜中さんは社学同の同盟員だったらしいが俺がミロンガに行った頃は何かを恐れて大阪でトラックの運転手をしていた。
ミロンガに電話が来たのを聞いたこともあった気がする。
ミロンガの節ちゃんの彼氏ということだったがキスもしたことがない、アパートの部屋の下で夜を明かしたことはあるけどと後から聞いた。
いや、手も握ったことがないだった。
そりゃ節ちゃんは同性が好きな人だったが男と一緒に酒を飲むのは好きだった。
俺はずいぶん二人で飲んだよというと浜中さんも俺だって!と張り合ってきたのを思い出す。

まあ、とにかく浜中さんは節ちゃんに純愛を捧げたに違いない。
その後の会社の同僚との短い結婚は多分おまけであまり続かずに終わってしまった。

コロナで様々な制約、自己規制、自粛が付きまとう。
浜中さんを偲んで兵六でみんなで飲もうぜとなるはずだがそうも行かない。

学生時代の仲間と始めた会社を辞めてから高校に入りなおしたり(普通高校は入れないので工業高校にしたそうだ)、国会図書館でこんなことを勉強してると兵六で会うたびに聞かされた時期があった。
俺は何やってんだよ、働けよ!国会図書館であんたにできることは何もねえよ、働け!と切れた気がするが両親の介護を仕事として見送ったことで子としての任務を果たしたんだろうか。

もう一度会いに行けなくてごめんよ、はまちゅう!(俺以外は男も女も節ちゃんもこう言っていた)。
浜中進だった、進はやっぱバカだ。
非常に寂しい!




香港、国家安全法で兵六初代を想う

私の上海20200701
「私の上海 青春篇 無名の日本人双書6」兵六のおやじさん(初代亭主平山一郎)を思い出した。
鹿児島一中を卒業したおやじさんは海を越えて上海同文書院に入学した。
「大陸の荒野へ追放された」という思いだったが
衣食住すべて無料で月1ドル支給という夢のような全寮制の暮らしで
寮監はいるが寮生の思想・生活には一切かかわらない風だったとある。
そんな中で先輩に連れていかれた内山書店で内山完造夫婦に出会い
やがて魯迅と出会う訳だが当時の内山書店には日本国内では発禁の
「戦旗」や「ナップ」が売られていたそうだ。
そこには(上海共同租界でいいのか)青年おやじさんには不思議な<自由>があった。
敗戦後、内山完造はクリスチャンだが魯迅を支援したこともあって
中国共産党から評価されている。
おやじさんが兄弟で初めた本屋がうまくいかず居酒屋(兵六)を始めたときに
「民衆のための小さな居酒屋は永久になくならない。細々でいいから頑張りなさい」と
内村が店に来て言ってくれたとおばさん(平山秀子さん)が思い出を書いている。

香港では中国共産党や政府を批判する一切が取り締まりの対象になるだろう。
かっての内山書店のような本屋が許されることもなく「戦旗」も「ナップ」も
存在することはない。
政権は銃口から生まれるといった奴らには自らの出自を相対化することもなく
できるはずもなく徹底的な弾圧で、民族国家、共産党政権を守ろうとしている。
地獄さ堕ちろと酔っ払いのジジイがブロッグってもしょうもねえが
愛国主義に決していかれない、かって内村完造が心打たれた中国人民と戦う香港人に
反革命・中国共産党粉砕とシュプレヒコールを送る。

内山完造は魯迅は今の香港、中国、共産党、中国人を見てなんというだろうか。


ごめんなさいと言えねぇのか

保健所への相談の基準を大きく変えたがその理由は誤解を正すためだとさ。
コロナ感染者が増えすぎて医療キャパを超えるのを防ぐために厳しくしていたが
状況が変わったので基準を変えたと何故言えない。

西村ってやつは大阪府知事の政府批判に知事の権限と国の権限をちゃんと理解しろと文句をつけた。
お前がやっていい言っていいのはここまでだ、国家の領域には踏み込むなと見えを切ったわけだ。
そういうところでしか突っ張れない担当大臣という情けなさだ。

そもそも安倍のくそったれが大阪の緊急事態宣言と東京の動きにビビッて
緊急事態宣言を「緊急」に発出(初めて聞いた)したんだからな。
北海道の時は余裕をかましていたが大阪維新と都民ファースト?希望の党?に
いい恰好されちゃやばいってことだ。
その一番の理由を「子供の命」を守るためと言った気がするがどうだったっけ。

安倍は口癖のように私の責任と口にするが本当に口だけだ。
シャボン玉のように空中ではじけて消えてしまう。
アベノマスクもまだ東京にも配り終わっていないそうだが
それによって市販のマスクの価格が下がったとめちゃくちゃな話にもっていく。
全国に配り終わる頃には普通にドラッグストアでも売ってるだろう。

国難、コロナとの戦争と叫んでいた奴らがいたがとても戦争なんてできる内閣ではなかった。
せいぜい一億一心、ワンチームという程度のざまでそんなことじゃ
愛国婦人会もびっくりの自粛警察の奴らにも相手にされなくなるぜ。

臥龍梅は清水の酒だ。
解凍したワラビは食感がかなり落ちてしまってあの「おひたし」の感動がなくなったが
新タマと炒めるといい感じだし味噌汁に入れてもいい。

臥龍梅20200511

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おおまた

おおまた

1950年生まれ。かみさんと娘2人(女子大2年と女子高1年)、かみさんの親父の5人暮らし。「くるみ」を初めて聴いた(見た)ときは泣いちまったぜ。そんな時はどうしたらいい?
時は流れ、上の娘は会社員、下はもうすぐ大学3年(就職厳しそう!)、俺は定年し無職のオヤジになっちまった・・・
更に時は流れ、親父さんは亡くなり二人の娘は何とか会社員をやりつつ腐女子を貫徹している。俺は1日4時間のパート暮らしだ。
更に時は過ぎ俺は完全無職だ。